幼少期に愛情を受け取れずいろいろと歪んでしまった話

自己を振り返れば何かが見えてくるかも

ということで幼少期からの自分の歴史を書いてみる

 

私は3人兄妹の中間子で幼いころから内気で人見知り、いつものんびりしてると言われ、それとは対照的で太陽みたいな明るい妹と比較されて育った。

完全に陰と陽だった。


おまけに妹は母に似て彫が深く、ハーフのような二重のかわいい顔立ち。
私はかわいいとは程遠いのっぺりとした顔で家族の誰にも似ておらず、橋の下で拾ったなど冗談で言われたくらいだった。(この冗談にも幼子心はとても傷ついた)

容姿についてもコンプレックスの塊であった。

 

みんなからかわいがられる妹見ては、のんびりおっとりしてる自分はダメでで明るくて元気なことが良いことだと思い込んだ。


”暗くて容姿も劣っている自分には価値がない”

と思い込んだ。
それからは地獄だった。

 

自分の本音が誰にも言えなかった。
言えばきっと嫌われると思った。

そして嫌われることが何より怖かった。
人からもらう好意は私が与えた何かの対価であって、ありのままの自分を受け入れてもらう、無条件で愛されるという経験がなかった。


だから努めていい子でいた。

妹がわがままを言って母を困らせる姿をそばで見て自分はわがままを言ってはいけないと思った。そうすればいい子だと褒めてもらえた。単純にそれが嬉しかった。


だけど全然自分のことを好きになれなかった。

好きになるどころか自分の嫌なところばかりが気になりどんどん嫌いになった。

 


小学生の頃に誰にも打ち明けられない苦しさのあまり手帳に死にたいと書き込んだことがある。それが母に見つかった。心のどこかでは気づいてほしくて書いていたのだと思う。けどそれを見た母は泣いていた。

「ああ、自分が母を悲しませてしまった」と思った。
それからは手帳にも書かないように本音を胸の奥底にしまい込んだ。

 

本当は何もなくったって存在しているだけで誰だって価値がある。そういうことを理解したのは悲しいかなほんとについ最近で、その時はまさに目からうろこだった。
今までの苦しみはなんだったの?と思った。

 

でもいいのよ、気づけただけでも。どんなに遅くても気づかずに死ぬよりは。と自分を励ましながらここまで書いてみた。

書き起こすと何とも言えないこの暗い幼少期が私の基盤となった。